新・rona9229の日本サッカー応援の軌跡

移行しました。単なる素人です。がんばります。 

『もしドラ』を読んでの感想から京都サンガへ

もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』岩崎夏海 (ダイヤモンド社 2009)を読んだ。ドラッカーの『マネジメント』(ドラッカー著、上田惇生 編訳)を読んで、高校野球の女子マネージャーが大活躍する、という本で、京都サンガが強くなるために、何が必要か、考えながら読んだ。

一番興味をもったのは『顧客』をどのように満足させるか、『顧客』に何を与えるか、の問題だ。

まず京都サンガはプロチームであるが、どの顧客のために彼らは戦っているのだろう。選手自身のため、チームのために戦っているということは正しいと思う。でも、お金をもらって戦っている以上、プロとして、サポーターの存在があってのプロな気がする。

京都サンガという会社、スタッフ、チームもそうだが、ウルトラ、ライトサポも含めた多くの人々、サポーターのために、それらの人々を満足させるために彼らは戦っているんだと思う。チームはサポーターのために戦い、サポーターはチームを応援する。

さっきは、ウルトラ、ライトサポという分け方をしたが、サポーターはその地域のグループであることが多い。アルゼンチンのブレノスアイレスの二つのチーム、リーベルプレートは金持ちの上流階層のためのクラブで、ボカは労働者たちのためのクラブである。また、レアル・マドリーや、バルサも、レアル(スペイン王室派)と、バルセロナ(カタロニア州独立派)という政治的な層の違いがある。グラスゴーセルティックとレンジャーズのようにカトリックプロテスタントのような宗教的な層の違いのあるチームもある。

Jリーグは多様だ。大分、山形のように、行政の関与が強いクラブもあり、浦和(三菱)、柏(日立)、G大阪(Panasonic)、名古屋(トヨタ)、横浜FM(日産)、磐田(ヤマハ)のように、強い企業・サッカー界の伝統企業が背後に控えているチームも多い。

翻って、もう一度問題に戻ろう。京都の顧客・グループは誰なのだろうか?「京セラ、任天堂などの企業群」、「地域・行政」、「サポーター・グループ」それぞれが顧客であり、また京都サンガの一員として力を合わせて運営に関わっているというのが、正解だと思う。あまり偏りがないのが特徴で、それがよさでも、弱点でもある。

京都も先ほどあげた「企業群」とでもいうような企業の連合体、優れた会社に支えられているのは間違いない。京セラは優秀な企業で、中心となってすぐれた人材を京都サンガに貸してくれている。任天堂や、優れたユニフォームを開発してくれたワコールや、社長に後援会長を務めていただいている堀場製作所など、バックアップ企業は多い。しかし、幅広い人たちに、このチームは支えられているように思う。

京都サンガは、黒字を出し、上位に食い込むことで、これらの企業・顧客の支えに答えなければならない、地域を活性化しなければならない、また地域に貢献しなければならない、経済効果を与えなければならない。そのことで満足を与えていく。

ではそのためのマネジメント(企業の運営)は?サッカー・チームとし、試合を行い、リーグを戦っていくことは運営(マネジメント)であり、京都サンガはその本分を果たしていると思う。しかしこの京都サンガという企業はまだまだ可能性を秘めていると思う。試合を行う以上の付加価値を与える、潜在能力がある。+αということができると思う。

それは、漠然としているけど、『夢』かな、と思う。『夢』を語ることで仲間(顧客)を募り、仲間(顧客)とともに強くなっていく。京都サンガというチームは、人を感動させる力をもっているのではないか、その力を今年は発揮してほしいと願っている。

サッカー・チームとして、京都サンガには夢を語ってほしいと思う。その夢が結局、先に言った地域活性化、地域貢献、経済効果を与えるのではないか。京都サンガの事業の多くは選手やスタッフを含む多くの人の『夢』で成り立っているのかもしれない。

選手たちは俳優で、監督は演出家で、スタッフは裏方で、スポンサーを得て、これから今年も僕らは『2013年・Jリーグ』という壮大なドラマ・夢を見せてもらうのかもしれない。どうせなら上手に脚色して、素敵な夢をみせてほしいと思う。ビッグ・クラブとは特上の夢を見せてくれる、素敵な芸術家集団なのかもしれない。

京都サンガの夢、勝利という甘い味、優勝という美酒。そのために、僕も微力ながら応援に、力を尽くしたいと思っている。

(敬称略)

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