新・rona9229の日本サッカー応援の軌跡

移行しました。単なる素人です。がんばります。 

京都サンガの育成について(ゆっくり・こつこつと)

京都サンガのこの前のサポーターミーティングで、社長から、ユース出身の選手は五年間面倒を見る、という話が出たようである。この話について、賛成すべきか、反対すべきか?

まず反対の面をあげると、編成の硬直化を招く可能性があるし、ユースからこれまでなら上がってこれていた選手が漏れてしまう可能性があるということがある。何事にも例外はある、機動的、流動的に活用してほしい。

しかし、賛成の面もある。若い選手はゆっくり育ててあげるべきだという面だ。今のプロ野球ラグビー、バレー、バスケなどのプロはどうなっているかあまり知らないのだが、企業などアマの選手は原則ゆっくりと育てているのではないだろうか。

給料面についてC契約で差を付けられている選手を短い期間で簡単にカットするのはかわいそう、というのは、財務面から選手を見ている京都サンガ社長からの一つの意見かもしれない。

人間が成長するには時間がかかる。ここに、アマチュアのことではなく、ましてはプロのことではないが、斎藤茂太が書いた、人はゆっくり成長する、という内容の文がある。(「「ゆっくり力」ですべてがうまくいく」2011、新講社 P82-83)

あなたは、何かの習い事をしていますか。書道、油絵、俳句、テニス、英会話・・・など、いずれにしても、ゆっくりと上達していくのがいい。

ゆっくりと進んでゆく道のりの中でこそ、面白味がわき、楽しくなり、もっと上達したい、うまくなりたいという意欲もわいてくる。「ゆっくり」が上達のコツだ。

「習い事を始めても長続きしない。これまでにいろいろなものに挑戦したが、ひとつもモノにならなかった。ことごとく途中で挫折してしまう」という人がいる。

そういう人たちは、自分には根気がない、ものごとに飽きっぽい・・・というコンプレックスを抱えているケースも多い。しかし、それは違う。途中で挫折する原因は、おそらく、「すぐに、うまくなってやろう。上達してやろう」という考えが頭の中を占領しているからだ。

「すぐに上達したい。そして人からほめられたい。上達した自分の腕を、だれかに自慢したい」・・・とそんな下司な考えをもっている人は、なかなか長続きしないのである。

すぐに結果を出すことに、こだわり過ぎてはいけない。(中略)

もちろん結果を出すことは大切である。しかし、結果を出すことばかりに意識をとらわれてしまうと、心があわただしくなっていけない。なにかに急かされるようにして働き、そのためにストレスにも苦しめられて、結局、働くことが苦痛になってくる。

イヤイヤながら働いていたとしても、いい仕事、満足のいく仕事はできないのだろう。

「仕事を好きになれ」とは、よくいわれることだ。しかし、その「しくみ」は、結果に執着するのではなく、働くこと自体、その過程を楽しめるようになれ、ということだろう。

ゆっくりと楽しみながら働く。これが働くことを長続きさせるコツだ。 

最初、習い事の話から始まって、楽しんで仕事をする話に終わっているのは、途中中略を挟んでしまったからだが、要旨は、ゆっくりとではあるが、こつこつと、情熱をもって何かに取り組んでいくことが人を成功させる、ということだ。今は冴えなくても、こだわり、ゆっくりと続けることで、花が咲くことがある、ということだ。

サッカー界では高校から入ってきた選手が、2年くらいですぐにカットされる時代があったが、プロ野球南海ホークスに採用された野村克也も、1年目で解雇されそうになった、という話を聞いたことがある。嘘か本当か、ソースを思い出せないし、どこの本で読んだのか覚えていないのだが、当時、六大学野球や名門校からの選手しか成功しないといわれていたプロ野球界で、無名校(京都府立峰山高校)出身の野村は弱肩が問題視され、1年ですぐ解雇されそうになったそうだ。しかし、ブルペン捕手として温情で一年間契約を延長してもらい、その間に遠投の練習で弱肩を克服、後には三冠王を取るような選手として実績を残した。これもゆっくり我慢することで、花が咲いた例だと思う。

情熱をもって、ゆっくり一つのことを続けていく。アマであるのか、プロであるのか、程度の差はあれ、その大切さを、斎藤茂太は話しているのだと思う。

人が育つには、物事を好きになり、それに打ち込む厳しさが必要である、とも斎藤茂太は言っている。(「「つらい気持ち」が消えていく本」2011、新講社 P110-111)

だからこそ、自分のやりたいことをやっている人、好きでやっている人は、強い。多少のことではあきらめない、粘り強さをみずから発揮することができるのである。

やりたいことをやっている人こそ、不満や厳しさを感じている

「自分のやりたいこと」をやっている人でも、現在の仕事や生活には、不満な点や思い通りにならないこともあるだろう。むしろ、自分が好きでやっていることだけに、その不満はがまんしがたく、思い通りにならないことには悩まされるかもしれない。

好きなこと、本気でやりたいことに対しては、なかなか妥協がきかないものだ。好きだからこそプライドもあるし、こだわりももっている。それについては他人に負けたくないから、必死に練習したり、努力したりするのである。

スポーツの世界には、「一流の選手ほどよく練習する。練習が必要な二流の選手ほど練習をしない」ということをよく聞く。凡人の目からすれば、「もうそれくらいできれば十分だろう」と思っても、本人はまだまだ納得がいっていないのだ。

ほんの小さなミスや、環境の不備が許せない。とことんまで自分を磨こうとし、それができる環境を周囲にも求める。その高いレベルでは、いままでのやり方が通用せず、また新たに試行錯誤せねばならなかったかもしれない。これまで簡単にできたことができない、といういらだちやショックもあっただろう。

しかし、そのつらさを乗り越えたときには、何にも代えがたい充実感、達成感を得られる。「自分のやりたいこと」「好きなこと」だから、なおさらその感動や喜びは大きい。

斎藤茂太は、厳しく、一流の人間になるには努力をしなければならない、そう書いている。一流になれるのは一握りで、運もある。あとの文で、斎藤茂太は、だからゆっくりやれ、最高を求めすぎるな、自分らしく生きろ、好きなことをやるべきだ、そしてそれを上達させろ、と書いている。プロではなく、アマになっても好きなことを続けていけ、と話しているのだ。

京都サンガのピッチにはチャンスが落ちていると思う。世間という社会にもチャンスが落ちている。京都サンガは選手にチャンスを与え、ゆっくりと芽を出すのを待つ。今の強化部はそういう姿勢をもっていると信じている。

松尾元太という選手がいた。名古屋から移籍加入した選手で、名古屋で3年を過ごした後、1年を京都サンガで過ごした。強化部は移籍先を何とかして探していたような節があるが、結局京都で4年間のプロ生活を閉じた。スパイクを脱ぎ、名古屋に戻って、コーチになるということだ。

祖母井GMをはじめ、強化部は松尾の志にひかれたのではないかと思う。そしてチャンスを与えた。京都での1年間の経験がどう出るのかはわからない。でも松尾は純粋にサッカーが好きだったのだと思う。そして努力していた。この経験は松尾にはきっと無駄ではなかったんではないかな、そんな気がする。

京都サンガは独自のスタイルを形成しようとしている。ユース選手を5年間の長期のスパンで見る、というのはその一つだと思う。それにはいい面がたくさんある。ゆっくりと、厳しく選手を育てていってほしい。我慢は必要だし、例外が出たり、漏れることもあるだろう。しかし、夢を追う若者たちを大切にやってほしい。結局最初の問いに、僕は賛成で答えることになりそうだ。

また選手たちだけでなく、夢を追っている人たちへ、プロであれ、アマであれ、ゆっくりと、こつこつ努力していこう、そういう気持ちがこのまとまりのない長文から伝わればありがたいと思う。

(敬称略)

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