新・rona9229の日本サッカー応援の軌跡

移行しました。単なる素人です。がんばります。 

京都サンガへ・あなたを大切にして、あなたらしくあるために

自分は、文句言いです。最近それに気が付いて戒めているところですが、人の揚げ足を取ることが多い。このブログでもだいたい他のブログの論調とはずれた意見を展開していることが多い。だから、周りに受けない。

 

斎藤一人さんという方がおられて、まずは、「そうだね、わかるよ」と受け止めるべきだとおっしゃってます。例えば、布部さんが無能?そうだね、わかるよ、毎試合スタジアムに足を運んで、28試合も勝てない試合見せられたらそりゃ、しんどかったかもしれないね、そういうふうに話をもっていくこともできるかもしれない。

 

ただ自分の正直な気持ちは大事にせなあかんかな、とは思っています。あと会社側に話を聞いたら、そうだね、わかるよ、29試合も負けなかったのに、解任するのは難しかったかもしれないね、2年契約だったら。そう言うかもしれない。

 

まあ、それはどっちでもいいんです。問題は自分の姿勢とか、周りの人の姿勢なんです。

 

初めにいったように、「自分は文句言いです」。だから面白い意見を出すことができるんだけれど、その反面、実社会では、巧くコミュニケートし切れてんのかなぁ、そう思うことが、最近あるんです。はっきり言えば、社会人としてはマナーとか、適応しきれているかというと疑問に思うことはある。まあ、お仕事している、社会人ではあるんですけど。「とんがっている」自分は嫌いではない、だけど「とんがっている」と実社会では厳しいやろうな、付き合ったり、合わせてもらうのが大変やろうな、そう思うんです。

 

わざわざこういう自分のコミュ障?ってんですか?を晒したのは、京都のサポーター、きついこというかもしれないですよ、覚悟してください、今反対意見を述べている人の実生活は、満足したものになっているか、ということです。

 

ニック・ボーンビーだったかな、という作家が、「フィーバー・ピッチ」だったかな、アーセナルのファンとしての日記を書いていて、「僕のプレミア・ライフ」とかいう題名になって日本でも訳されていましたが、アーセナルが負けるたびにめり込んでいく自分の人生を書いていて、自分につまされました。いや、それもいいんです、まあ、まあ、おいておいて。

 

本題として考えたいのは、京都が勝てないから自分の生活は満ち足りないのか、それとも自分が満ち足りているから京都が勝つのか、ということです。

 

いまから、「来年は結果出せよ」、とか、「布部無能」、とか、ちゃかしたり、馬鹿にしたりする人がいますよね。それって、あなたがいわれていることではないですか?つまり厳しいことをあなたがいわれているからこそ、八つ当たり的に、サッカーにうっぷんをぶちまけ、しかもそれがマイナスのスパイラルに入っていないかということです。

 

スタジアム反対派という人たちがおられますが、反対するということは、流れに逆らうことではないでしょうか。すると、ストレスが自分にかかってしまう。不安になったり、興奮したり、よくない。また罵声を浴びせるのは子供たちにはよくない、といいますよね?その子供たちによくない環境の中に、あなたがいるとしたら、どうしますか?

 

どういうひとたちが監督を攻撃されているのかわかりませんが、もしですよ、スタジアムの観客席から離れて、いや観客席にいても、「おまえ、無能」と正面きって相手に向って言える人は、どうなんでしょうか。もしも、そういうふうに言われることがある人ならば、だからこそ相手にも言ってやるんだ、という人がいるのならば、やめとき、そんなこといっても、ほんまのストレス解消にはならへんで、それよりも自分を大事にし、あんたええ人やで、そういいたい。そして自分に誇りを持ち、人を大切にして、攻撃的にならないほうがいい、そういいたい。

 

攻撃的な環境にいると、攻撃的になります。スタジアムの中だけで攻撃的になるんだ、外では大丈夫、という人でも、完全に離れきることは難しいと思う。だから、きっとスタジアムの中でのあなたの振る舞いは、きっと外でのあなたの生活に影響していると思う。実際、ここでの自分が文句言いで、実社会で充分に周りの状況を読み切れていないように、そういう自分の行動は一貫していて、スタジアムや、サッカーの世界での自分と外の自分の評価が同じだから。

 

僕の言いたいことわかってもらえます?

 

攻撃的な人間になりたいのならば、どこでも攻撃的になればいいと思います。反対したい人間なら、反対に次ぐ反対を重ね、自分の周りの人の反応を観察すればいい。しかしあなたが人から尊敬される人間で、勇気があり、愛情に満ちている人間になりたいのならば、そのように行動し、人にもそのように接すべきだと思うのです。実社会でも、スタジアムでも。

 

逆に言えば、スタジアムで本当に尊敬される人間は、実社会でも尊敬されているはずだから。

 

自分は重ねて言いますが、文句言いの偏屈で、実社会でも浮いているかもしれない、コミュ障かもしれない。だから、いやだからこそみんなに、考えようよ、ちょっと立ち止まって考えてみないか?そう言いたかった。

 

簡単に言えば、自分を、自分の色に染めなよ、ということです。「愛される」で染めてもいいし、「尊敬される」で染めてもいいし、「幸せになる」で染めてもいい。スタジアムで、いやスタジアムのような場所だからこそ、あなたを、あなたらしく、実社会でのあなたと同じように、立派にふるまってほしい、自分を発揮してほしい、そう思うんです。

 

うまく言えないけど、自分は間違っているのかもしれない。しかし監督も、フロントも、社長も、無数の矢を受けられているところだと思います。しかし、沈黙し、無言で耐えておられる。せめて自分だけは、何かを語りたかった。

 

この文が、あなたの行動を変えてくれることを、切望します。

 

あなたが幸せになり、山ほどの幸運がやってきますように、豊かに満ち足りますように。

 

京都が栄え、より強く、より輝きますように。

 

今回の文を書くのには勇気が要りました。それを読んでくださったあなたに、感謝します。ありがとう。